おはようございます。ステキな朝を迎えていますか?
昨日は種々の雑用をこなした後、自彊術に一カ月ぶりで顔を出し、自由が丘まで足を運びました。自由が丘には月に一度、突発性難聴の養生に行っております。
今日はいつもと違う随筆タッチでお届けいたします。
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昨日、自由が丘に行った。花粉症を瞬時に治してくれたドクターに、今度は一縷の望みを抱き、突発性難聴も治してくれるんじゃないかとの虫のいい期待を抱いて月に一度通うことにしたのだ。
それまで自由が丘にはもう数十年ほとんど降りていない。私には苦い想い出がある。数十年前私と縁で結ばれた自由が丘は、それはそれはバラ色に輝いていたのだ。
人間は一度くらいは夢を失うものである。今の年になってそれはわかる。しかし、どんな人でもその失った夢から立ち直るのには相当の努力がいるのだということを学ばせてもらったような気がする。
当時はあんなに胸ふくらませて通った愛しい道だったが、それでも人間は案外薄情なものである。その道がどこだったかなんて、こんなにも憶えていない自分に驚かされた。或いはそれが、失った夢を振り切る無意識の私の魂の抵抗の証だったのかもしれない。
そんな自由が丘。五木寛之の著書を読みながらふと、思い出にひたりたくなり、治療の帰りに仏蘭西料理店に飛び込んだ。文字通り本当に飛び込みだ。予約などしていない。道すがらトリコロールの旗が目に飛び込んだ途端、(ここに入ろう)と即座に決めたのだった。
二階の階段を上ってゆく。透けて中が見える扉の向こうに良い意味で男性だか女性だかわからないような、凛々しい店員がにこやかに迎えてくれた。その店員は声を聴いた瞬間女性だとわかった。品のある素敵な人だった。
店内は明るくて広々としていたが、実はその訳は後でわかったことだけれど、壁一面が鏡張りになっていて、実際の二倍の広さに見えるからであった。たった一人で座る席。しかし、私は孤独は嫌いではない。寧ろ一人の方が色んな考えやインスピレーションが沸き、心が落ち着いて元気になるのだ。偶然にも、この日読んでいた五木寛之の本の内容が、そんなことを書いていた本であった。人間は無理して『群れる』ものではない。時には孤独も必要なのだ、と。どうやら五木寛之も私のように孤独が嫌いではないらしい。彼の心がとてもよく理解出来た。
この時は他に3組のお客がいて、そのうち偶然にも2組がバースディであった。ケーキにろうそくをともされて嬉しそうな女性。幸せのひとつの形をみせてくれたような気持がした。
私は嫌でないアウェイ感にひたりながら、私の『連れ』は五木寛之の本だぞ、と料理を待つ間、逐一本と対面した。内心(お店の人に失礼かな?)と気になりながら・・・・も。
『人生に必要なものは驚くほど少ない。それは一人の友と、ひとつの思い出と、一冊の本である』
本の中のこの言葉にすいこまれた。
ワタシニトッテノヒツヨウナモノ
思い出は、24歳の時に訪れたニースが極めて大切な思い出。他は全部捨てなさいと言われたら、一つ返事で捨てられるほど他には変えられない思い出である。
一冊の本は、何と言っても『思考は現実化する』。優れた本はあまたあったけれど、私の魂が、命が救われた本はこの本と言って過言ではない。
残るは一人の友。これが難しい。私の友は数少ない。大切に思っている人はたくさんいる。その少ない友から一人を選び出すのはとても出来ない。そこで考えた。私の心からの友たちに共通するもの。それは音楽だ。
そこで私は、一人の友を『音楽』とすることに決めた。
決まった瞬間、なんだか心が満たされた。たった三つのアイテムで、これからまだまだ長い人生という航海を進んでゆくのに充分なのかと思うと、文字通り大船に乗れたような気がしたからだ。
料理はとても美味だった。『おいしかった』という言葉では不充分なくらい、『美しい味』だった。それをシェフにとても伝えたかったけれど、残念ながら時折サービスをしてくれるシェフは必要以上に愛想をふりまくタイプではなく、うかつに料理を褒められる暇を許されなかった。
「この猛暑に涼風を感じられる、お味ですね。」
こんな一言を贈りたかったのだが・・・・。
・・・・・料理がすすんで、デザートの前にチーズを勧められた。
16種類の珍しいチーズをいくつかチョイスするのは至難の業だったが、それでもインスピレーションで3種を選んでオーダーした。
運ばれてきたチーズは、ただ盛られているだけではない。美しく盛り付けされた3種のチーズにクルミとレーズン、そしてほんの数滴のはちみつに数種のバゲット。なんだか涙が出そうなくらい心のこもったサービスだった。その上、選んだチーズは飛び上がりそうなくらい美味であった。
「いかかでしたか?」
先程のハンサムな女性が話しかけてきた。
訊けばこの方はチーズのディプロマを取得した専門家であったのだ。
それを皮切りに、仏蘭西話にすっかり花が咲いてしまった。まったく初めてのこの空間で、こんなに打ち解けた楽しい時間をいただけるとは!
私達が夢中になって話した仏蘭西話は、味と香りでいっぱいの心満たされるものだった。バゲットの硬さ、カフェオレの香り、カフェオレに入れたバゲットのおいしさ、シャンゼリゼ通りの車の騒音、などなど。
夜も更けて来たので、食事が済んだ私は会計をお願いした。その時あまり愛想がなくずっと寡黙だったシェフが、
「五木寛之、お好きなんですか?」
と私に尋ねた。
この本は実はたまたま生徒から勧められた本で、この本に限っては別段好きだからという理由で読み始めたものではなかったのだ。
「実は、シェフは五木寛之の『青年よ荒野をゆけ』を読んで大きく影響を受けて、それでフランスに渡ったんですよ。」
・・・・・・なんと!
私はてっきり食事中に本なんか読んで叱られるとばっかり思っていたのに!
この瞬間、不愛想だったシェフの顔に笑みが浮かんだ。
私は更に五木寛之に愛着を感じた次第。
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それでは今日も最高の一日をお過ごし下さい。