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おはようございます。ステキな朝を迎えていますか?

一昨日昨日とフル回転であっと言う間に二日が過ぎました。

コンサートもたまたまですが、二日連続チケットを買っていたので、珍しく聴き手としてコンサートに行ってまいりました。

一昨日のコンサートはヴァイオリンとピアノのリサイタルで、ピアニストは驚くほど腕が良く、久しぶりに感嘆しました。

昨日のコンサートはプログラムの中にピアノ協奏曲が入っており、その曲も私の好きな曲ではありましたが、もうひとつ楽しむことは出来ませんでした。

ソリストは著名なピアニストであり、知名度も世間の評価も申し分のない方でしたが、私は個人的にそのピアニストの音楽はあまり好みではありません。

何故かというと、ずっとその方の演奏姿を見ていると、時々たたきつけるような奏法をしているように見受けられるからです。

大きなプログラムを弾き切るのにはエネルギーが要ります。そのため叩きつけるくらいのエネルギーが必要なのは承知しています。

しかし、その姿はあんまり美しくない。舞台は私が座った客席からかなり離れていましたが、離れた場所からも叩きつける仕草は見て取れるのです。

私もかつて、フォルテを弾く時に力任せに弾かないと大きな音は出ないんだ、と思い込んでいた時期はありました。

しかし、練習を重ねていくうちに、そうやっても大きな音は出てくれない、ということに気づきました。

音楽は生き物です。私なんぞが演奏したところで、音楽は演奏が始まった途端に息を吹き返し、勝手に命のままに進んでゆくのです。

その感覚が一番良く分かるのが、ウィーンフィルのニューイヤーコンサートです。

ウィーンフィルは指揮者が誰になろうと、彼らが演奏を始めた途端、生き物をよみがえらせ、自由に羽ばたかせる術をどうも持っているようです。

ちょっと話が逸れますが、今朝の掃除のよもやま話で、とある社長がとてもケチで、従業員を数人抱えており、非常によく働く従業員であるにもかかわらず、営業は自分で取ってきて売上も自分だけで獲得したんだ、という姿勢なので、従業員になんの手当もないんだ、との愚痴話だったのでした。

へンな話かもしれませんが、この話は音楽にも通じるように思えてならないのです。

ピアノ協奏曲を弾き切ったのは自分の手柄。(まあ100%ソリストもそう思っちゃいないでしょうがね。)私すごいでしょ?との姿勢はなんとなく滲み出て表面に現れます。

演奏者のプロフィールを読んでみても、所詮クラシック界は、どこそこのコンクールで優勝した、レパートリーを何十曲持っている、そうした『自分すごいのよ』的なアピールしか出来ないのでしょうか?

腕で言ったら、一昨日のピアニストの方が素晴らしいと、ワタシは思いました。何が素晴らしかったかというと、確かなテクニックを余すことなく活用し、ヴァイオリンの奏者の呼吸や音楽と寄り添い、主張し過ぎず、さりとて奥に引っ込むことなしにどんどんぶつかり合い、相乗効果でプラスアルファのケミストリーを生み出していました。

昨日のピアニストと比べれば、知名度は極端に低いですが。

知名度と音楽の美味しさは決して比例しない、それはたとえばレストランなどでも言えるわけだからそういうことがあっても仕方ないと、ちょっと考えさせられた出来事でした。

少し愚痴話になってしまったかな?失礼しました。

それでは今日も最高の一日をお過ごし下さい。

<お知らせ>

2021131リサイタルKMT

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2021.01.11 Mon l 日記 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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